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HOME > よっちゃんのぶっちゃけた話2009/7/4

よっちゃんのぶっちゃけた話in仙台

2009/7/4

Forever Michael

2009年6月25日、スーパースター、マイケル・ジャクソンがこの世を去りました。
おそらく人類史上、最も世界中に知られた人間です。まさにスーパースターと呼ぶに相応しい男。

世界中の多くの人と同じように、私もマイケルに深く影響を受けた人間の一人です。
小学生の頃、レコード屋の店頭で流れるビデオクリップの中で踊るマイケルを見たのが彼との出逢いでした。それは同時に、マイケル・ジャクソンという人間と、ダンスというものに私が興味を持った瞬間でもありました。

彼の代名詞と言えるムーンウォーク、滑る場所なら上達するのではないかと子供なりに工夫して、靴下を履いて畳の上で来る日も来る日も練習しました。

中学校に上がって一番嬉しかったこと、それはマイケルが履いているような黒い革のローファーを自分も履けるようになったこと。
体操部だった私は、部活の後も体育館の片隅で一人、ダンスの練習をしていました。

高校の体育祭や文化祭、当時生徒会長だった私は、母に作ってもらったマイケルジャケットを着て、全校生徒の前でマイケルの曲をダンスの振り付きで熱唱しました。当時、私の通った浦和高校では、学校の行事の際、生徒会長が歌うという風習がありました。
衣装まで用意したのは私意外にいませんでしたが、、、。

大学に進み、競技ダンスの世界に入りました。チャチャチャのルーティンにマイケルのステップを自分で組み込み試合に出ていました。他大学の選手には、「なんだあいつ?」という目で見られましたが、試合は勝てばいいのです。私に軍配が上がりました。

こうして振り返ってみても、どの時代にも私には常にマイケルが付いて回っています。
そしてそれは、私が単に彼のダンスや歌にだけ惹かれていたのではないことを物語っています。

1988年、ちょうど私がオーストラリアに留学していた年、
マイケルが‘ムーンウォーカー’というタイトルの自伝を出版しました。私は、まだ乏しい語学力で辞書を片手に読み返しました。
もう20年も前のこと、細かな内容は忘れてしまいましたが、その自伝を通して、マイケルがとても純心で愛の深い人間であることを感じ取りました。

実はその当時から現在に至るまで、私は普段、白い靴下しか履きません。私にとって白は、けがれの無い象徴。マイケルのように純粋な心であり続けようという決意から、白の靴下しか履かないと決めたのです。あれからもう20年も経つんですね。

マイケルが世界に発信した音楽は数多くありますが、なかでも私にとって一番の教訓的な曲は、‘MAN IN THE MIRROR’です。
さびの台詞はこうです。

‘I'm starting with the man in the mirror
I'm asking him to change his way
and no message could have been any clearer
If you wanna make the world a better place
Take a look at yourselfthen make the change.’

「先ずは鏡に映る自分に問いかけるんだ、自分の考え方を変えてみ ようって。
 確かに言えること、それはもっと良い世界にしたければ、自分を 見つめ直して、変わらなきゃいけないってことさ」

特別なメッセージではありません。言葉の意味も理解できる。
でも、実際自分を変えるとはどういうことなのでしょうか?

例えば私はこんなふうに考えます。
人は誰でも大小なりとも罪を犯します。そしてその罪を問われるとみんな決まってこう言う。「自分だけじゃない、皆だって!」
‘自分だけじゃない’は罪を犯してもいい理由にはなりません。
しかし、‘自分だけは’は正義を貫く理由にも勇気にもなるのです。こんな違いに気づき、実践していくことが、一つの変化だと。

マイケルは常に正義と信念を貫く勇気を持つことを世界の人々に訴えていたように感じます。

私にとってマイケルという存在は何かと言えば、それはずばり、
‘憧れ’です。ダンス、歌、ファッション、カリスマ、そして人間としての愛深き心。
憧れの人に少しでも近づきたいと思うことは、大きなエネルギーを生みます。私はマイケルにたくさんのエネルギーを貰いました。

人との出逢いや経験が一人の人間を作っていくのならば、今の私の4分の1くらいはマイケルで出来ているかもしれません。

数年前のインタビューで、「踊っている時は何を考えていますか?」と尋ねられたマイケルはこう答えました。
「何も考えない。ダンスをしている時に何かを考えることは最大の過ち。自分の身体をドラムやベースやパーカッションなどいろいろな楽器にして、音楽を感じるだけ」

まさに、KING OF POPの言葉。しかし、何も考えずに踊る境地に達するまでには、その陰でどれだけの努力と時間を費やして来たことでしょう。それに比べたら、自分の努力なんて本当に恥ずかしいほどのものです。

一度「でいいからマイケルに会いたい」という私の夢は叶いませんでした。しかし、東京ドームでのコンサートで、親指ほどの大きさの生のマイケルがステージに登場したときの興奮は決して忘れません。

私は、「たくさん生きたい」と思っています。それは長生きしたいと言う意味ではなく、与えられた人生の間に、多くの人に出逢い、多くを経験し、多くを見聞し、多くを学び、多くを感じるということ。
50年というマイケルの生涯は確かに短すぎたかもしれません。
しかし、わずか6歳という若さでショービジネスの世界に入り、以来半世紀にわたって常に世界中の注目を浴びながらその王道を歩いて、いや、走り抜いてきたマイケルは、私たちの何十倍もたくさん生きたのではないでしょうか?
そしてこれからも、人々の心の中に生き続けるはずです。

‘ThanksMichael. We all love you. Sleep in peace.’