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よっちゃんのぶっちゃけた話in仙台

2011/1/30

みずおちの力を抜いて

一年半ぐらいから隔週でボディートレーニングに通っています。
トレーニングといっても、筋肉を鍛えるというよりはストレッチ系のトレーニングで、疲労した筋肉をほぐして本来の働きをさせるためのものなのですが、身体の硬い僕にとってはかなりきついトレーニングです。

痛さに耐えかねるとついつい身体じゅうに力が入ってしまうのですが、そんな時先生がかけてくれる言葉が、「みずおちの力を抜いて~」です。
トレーニング中、何度も言われるのですが、実際みずおちの力をフーっと抜くと、少し楽になるというか、その痛みを受け入れられる感覚があります。

毎回そんなことの連続なのですが、ある時ふと気付いたことがありまして、それというのは、みずおちの力を抜いて痛みを受け入れるということは、誰かを受け入れたり、許したりすることと同じだなと思ったのです。

僕はもともと我の強い人間で、自分のスタイルを貫くというか、何事に対しても、「これはこうあるべき」というのが強いのです。
ですので、ダンスに関しても、「自分がこうと思ったらそれ以外はありえない」的な考え方をしてしまい、そういう意味では若い頃はパートナーにも迷惑をかけたと、今更ながらに反省しています。

また自分と意見が合わない人には、「この人はおかしい」と片付けがちでした。今思えば本当に愚かな話なのですが。

しかしある時期を境に、そういった考え方、排他的な自分が変わってきました。
何がきっかけだったかと言いますと、一時期ダンスの勉強の一環として身体に関する本を何冊か熟読していたのですが、それらの多くにみずおちに関する話があったのです。

なかでも野口体操の生みの親である野口三千三先生の言葉というのは、身体にまつわると同時にとても哲学的で、簡単に言いますと、「みぞおちの硬い人間は心が狭くなっている」みたいなことが書いてあったのです。ハッとする思いでした。

以来僕はダンスを通じて、みずおちに意識を持ち、それを表に出したり、身体の奥深くにフーっと収めたりといったことを繰り返し練習してきました。
そのことによってダンスに役立つ本当にたくさんのことに気づきましたし、またそのおかげで、人を受け入れるということが出来るようになったような気がします。

自分が赤い花を見て、「これは赤い花」と当然のように思うのと同じように、同じ花を見て、「これはピンクの花」と、やはり当然のように思う人もいるのです。

人間の感情は脳が司っているわけですが、「胸が傷む」、「胸が苦しい」、「胸が躍る」という言葉があるように、やはり‘心’というものも存在していると思います。

それを、柔軟に、そして同時に強く鍛えていくことによって、目標とする自分に近づけるのではないかと、最近考えています。

そんなことを考えていると、辛いトレーニングもちょっとだけ楽しくなりますね。

ではでは。